私は何者?

自分が何屋なのか分からない。

大学での専攻は建築であり、何年か設計の仕事をしたが、大学時代に当時普及し始めたコンピュータにはまり、独自にパースを描くプログラムなどを作っていた。まだインターネットも普及していない1980年代だ。

当時コンピュータの世界では人工知能(AI)がブームであり、人工知能技術を応用した知的CADおよび工業化住宅の部品展開システムを構築すべく、社内の有志を集めて人工知能の研究所を設立した。そこでProlog、Cなどの言語で様々なプログラムを作成し、充実した日々を送っていたが、ある日イグアナと出会い、人生が激変する。あのトカゲのイグアナである。

まるでイグアナの神が降臨したかのように、イグアナを救うために何とかしなければならない、という使命感から会社を退職し、山内イグアナ研究所を設立した。今考えると、よくそんな大それたことをしたなとあきれるが、当時は真剣にそう思っていた。

国内にはイグアナに関する本は一冊もなかったため、まずはFAXを買い、海外の書店からイグアナに関する書籍のリストを送ってもらい、イグアナと名のつく本をすべて取り寄せた。また、イグアナ関連の論文も集めた。それらから得た知識をベースに、執筆活動、投稿、ネットでの情報発信などを積極的に行い、イグアナの正しい飼育法や接し方の普及には貢献できたと自負している。

そんな活動をしているうちに、パワーポイントで使った私のイグアナ写真を見たある動物病院から声がかかり、症例や手術の撮影および資料作成を依頼された。撮影の技術を買ってくれたのである。かくして医療カメラマンとしてスタートする。

自分の叔父が写真家だったこともあり、カメラについてはその叔父から教わり、小学生のころから6x6や6x9といった中判フィルムカメラを使い、現像も自分でやっていた。生意気なガキだ。しかし、そんなことが中年になって役に立つとは思ってもいなかった。特に無影灯下の手術シーンはまっ黄色にしか撮れないというのが悩みの種だったようである。
貴重な症例などでは必ず呼ばれ、今も年間で何万枚も内臓の写真ばかり撮影している。

そうこうしているうちに、某獣医大学から非常勤講師の話をいただいた。エキゾチックアニマル学のイグアナの講師、情報学、撮影技術、メディア論の科目だ。今まで好き勝手にやってきたことがすべてつながった感じだ。

獣医大の某博士に野鳥の魅力を教えられた。それまではスズメとハトとカラスくらいしか知らなかったが、講義を聞くうちに感化されてしまった。一方で、私の撮影技術から、野鳥撮影をすすめられた。ただし、普通の写真は撮るなという条件を課せられた。枝にとまった、図鑑的な野鳥は、先達たちが美しい写真を膨大に撮っている。それとは違うものを撮れ、と言う。自分なりに考えたあげく、飛翔シーンを狙うことにした。これはチャレンジングなテーマで、なかなかうまく撮らせてくれない。しかし、うまく撮れないからこそ面白みがあり、撮影するための道具なども随分開発した。それはライフワークになるだろう。

獣医大学にいると、やはり日本のエキゾチックアニマル学は遅れていることに気づかされる。獣医学は基本的に産業動物を学ぶところで、愛玩動物を主体としているわけではない。しかし、世の中で不足していて、求められているのは、コンパニオンアニマルの情報であり、特にエキゾチックアニマルの情報が不足していることを痛感する。

そんなことから、現在は新しい情報メディアを模索している。旧人類なので、基本的には紙ベースのメディアが好みだが、ネットも捨てがたい。紙とネットの良いとこ取りのメディアが理想的だ。そんな経緯で、最近は紙とネットを融合したハイパーブックレットと呼ぶ小冊子を制作している。紙には紙の良いところがあり、ネットにはネットの良いところがある。特に超マニアックな内容で、売れる見込みがないために出版社が手を出さないようなものに興味がある。一人でもその情報を必要とする人がいれば、作る価値はあると信じている。自分がイグアナの情報を集めるのにひどく苦労したように、99%の人が見向きもしない情報でも、喉から手が出るほど欲されることもある。そんな超マニア向けの情報を発信して行きたい。

現在、
・イグアナ研究所所長
・某獣医大学非常勤講師
・某動物病院非常勤取締役
・医療カメラマン
・野鳥カメラマン
・ウェブデザイナ
・マニアックな小冊子の制作
が主な仕事である。節操がない。